依存、異存

眩しい太陽に憧れを感じる。

黒じゃなくて、白に美しさを感じてしまう。

少女はカーテンを締切、電気さえも消した真っ暗な部屋の窓から明るい外を眺めた。


『…眩しい』


きらきらと光り輝く外の世界は少女にとっては毒でしかない。

夜に愛された彼女は、昼の光に耐えられない体なのだ。


「名前、外に行きたいの?」


ぼう……っと外を眺めていると、少女と同じ漆黒に艶めく髪を持つ男に声を掛けられる。


『…いい。私が外に出ることは許されないから』


名前、と呼ばれる少女はそう答えながらも寂しげな顔をした。

吸血鬼、それは今はもう昔の話、伝説の話。

そして暗殺者もまた非日常的なものだ。

しかし、吸血鬼も暗殺者も存在している。

漆黒のふわふわした髪を持ち、血液が通っていないのかと思うくらい青白い肌を持つ名前。

彼女こそ現代に生きる吸血鬼である。

そしてまた、彼女に問いかけた男はかの有名な暗殺一家ゾルディック家の長男である。


「そうだね。でもさ、そう言いながらも名前は彼のことを見続けるんだね」


イルミは名前の視線の先にいる少年に目を移す。

彼女達とは違い、薄らと日焼けした肌に太陽の下がよく似合う笑顔。


『一度でいいから彼と話してみたいな』


ぽつりとそう漏らした名前は、少年を愛おしそうな眼差しで見ていた。


「……傍に行こうとは思わないの?」


イルミが窓から離れようとしない名前に尋ねる。

よくも毎日そんなに見ていられる、触れられもしないのに、そんな思いからだ。


『そりゃ行きたいよ。でも、ここで見守ってるだけで十分。彼と私とじゃ生きる時間の流れが違うもん』

「彼を吸血鬼にすればいい」


イルミの提案に名前は緩く首を振った。

柔らかくて、やはりどこか寂しげな笑顔で。

   

名前が少年を見守り続ける歳月はもう数十年となった。

少年はもう既に青年になっている。

そして、イルミもまた少年から青年へとなり、しかし未だに名前と共にいるのだ。

唯一名前だけが見た目も、環境も、何も変わらない。


「ねえ、何十年も楽しい?」


幼さの抜けきった声でいつものように名前に質問するイルミ。

そんないつもどおりのイルミに名前は苦笑いしながら答える。


『イルミこそ何十年も私の傍にいて楽しい?』


名前からの予想外の問い掛け。

思えば名前からイルミに問い掛けるのは初めてかもしれない。

イルミはそんなことを考えながら、うーんと頭を捻らせた。


「飽きてないし、楽しいと思う」

『曖昧だなあ』


イルミの答えにクスクスと笑いながら名前は窓の外を見る。

立派に育った青年の傍らには一人の女性。


「名前さ、よく見てられるよね」


名前と同じように窓の外を見ていたイルミがぽつり。


『好きな人が好きな人だから、見てられるよ。それに、いつかはこうなるって分かってた。私はこうして今も見守ってるだけで幸せ』


数十年経っても変わらない名前の悲しげな微笑み。

イルミはそんな名前の横顔を数十年見続けて来た。

これから先何十年この横顔を俺は見守り続けるんだろう、そうイルミが考えていた時に鳴り響いたブレーキ音。

キキーッ、とけたたましい音に続いて鳴る誰かを引き摺るような音。

イルミが状況を確認しようと窓の外を見ようとした視界にひらりと黒いスカートが舞った。


「名前、」


反射的に名前が青年を助けに行くのと同じようにイルミもまた反射的に窓から外へと出る。


「名前!!」


青年を抱え泣きじゃくりながら陽の光を浴びて焦げる名前を、陽射しを遮るようにして抱き締める。

そして、青年を離そうとしない名前を無理矢理引き剥がして日陰へと連れ込んだ。


『イルミッ!!やめてよ!!…あの子が死んじゃうじゃないっ!!』

「名前、落ちつきなよ!」


取り乱す名前にイルミは生まれて初めて声を張り上げた。

それに驚いたのか、名前はぴたっと泣き止み、そして数秒後には落ち着きをだんだんと取り戻してきた。


「とにかく救急車を呼ぼう。君が血を吸えば彼は生きられるけれど、それは彼が望んだことじゃないかもしれないだろ。俺がやる事に文句ある?」

『…ないわ』


名前がしっかりと頷いたのを確認すると、イルミはゾルディックお抱えの医者に連絡した。

念で治療すればきっと彼は助かる。

それが分かったのか、名前はすっかり大人しくなった。


『取り乱してごめんなさい』

「別にいいよ。気にしてない」


すっかり自分のした事にしゅんとなってしまった名前。

イルミはそんな名前を陽射しが当たらないように自分が着ていた黒い上着を被せながら家へと連れて戻る。


「…ねえ、名前」


彼女を彼女の家の椅子へ座らせてようやくイルミが口を開く。

名前はそんなイルミをきょとんとした顔で見上げた。


「俺を吸血鬼にしてよ」


イルミの思いがけない言葉に名前はぱちぱちと目を瞬かした。


『何、言って…』

「名前があの彼に死んで欲しくないように俺も名前が死ぬのは嫌だし、名前を残して俺が死ぬのも嫌だ」


だから…吸血鬼にして欲しい、名前の傍にいたい。

そうイルミは言うのだ。

名前は混乱する頭でぐるぐるとイルミの言葉を考えた。

イルミを自分と同じ吸血鬼にするとはつまり、自分のような痛みを背負わせるということ。

それはとても辛い現実。

だけど、イルミの言う通りイルミがもし先に死んでしまうその時が来たら、私はどうなるのだろう。

………きっと今日よりも取り乱して、その時は確実にイルミの亡骸の傍で誰にも知られず塵になる。

それ程までにイルミの存在は名前の中で大きく、傍にいてくれる事が当たり前になっていた。


『これからは日中歩けなくなるし、長い長い年月を生きなくちゃいけない。きっとたくさん辛い思いをする。…それでもいいの?』

名前は瞳を揺らしながらイルミに尋ねた。


「違うだろ。一緒にいて、でしょ」


そう言って能面のように表情の変わらないはずのイルミが少し微笑んだ、気がした。

いつの間にか彼は身長も、年齢も、そして私の中の存在も、いつも見守っていた彼よりも大きく濃くなっていた。

そんなことに今更ながらに気付いた名前はぽろぽろと涙を流し、初めて悲しみのないふんわりとした笑顔を浮かべた。


『一緒にいて、イルミ』

「気付くの遅いよ、名前」


数十年分の想いを宿していた血は、愛しさと恋情で溢れ名前の中を幸せで満たした。



依存、異存

(今更だけど、大切なものはいつも傍にあるって気付いた)



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